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ぼっち系クズの日常

社内ニートでゆるゆる生きたいと願うパラサイトシングルアラサーぼっちの雑記

彼女欲しいなら社会人サークルに参加せいというけれど

出会い

アラサーぼっちには無理だよう……。

サークル活動で彼女を得ることの費用対効果を考えると……

費用対効果、めちゃくちゃ低いんだよ。

まずサークル活動って貴重な週末を犠牲にするでしょ。少なくとも数時間。移動時間とか含めると半日コースは当たり前。サークルによっては日中も当たり前。こちとら残業ゼロを目指してるくらいなのに、半日なんて費やせるかっての。

それからサークル関係無しに一般論として、人と親密になるには相応の手間がかかる。恋人となればなおさら。週一の活動としても、数ヶ月くらいはかかるだろう。その間、自分を抑え、空気を読み続けなければならない。どんな修行僧だよ。

そして最後、仮にそこまで努力したとしても、必ず手に入るわけではない。むしろ手に入らないのが当たり前の、理不尽な運ゲーである。加えて、自分一人だけじゃなくてライバルもいるしね。

うん、低い。割に合わないにも程がある。

なぜサークル活動をするのか

じゃあなぜ人々はサークル活動をしているのか。それはもちろん、彼女を得る以外の目的があるからだろう。

見たところ、二つあるんじゃないか。

  • (1). サークル活動そのものが楽しい
    • 1-a. 活動そのもの(登山サークルなら登山自体)
    • 1-b. 人付き合い(登山後の飲み会や温泉など)
  • (2). 他にやりたいことがないとか、時間を持て余しているとか

意外と (2) が多いと思う。(2) の動機を持つ人は、元々休日という暇を持て余しているような人種である。やることがない、あるいは自分から自発的に動けない、動くほどのモチベーションはないという、そんなゆるゆるな人たち。だけど、本心では「もっと楽しみたい」「出会いがほしい」など刺激を求めている。

サークル活動は、そこそこハードルが低く、それでもって刺激が得られそうに見える。だから参加してみる。してみた、おっ結構面白いじゃん……となってハマっていく。そういう流れである。

自立的行動派の弊害

私は昔から一人でせこせこと行動する人間だった。やりたいことがあればとりあえず手を出したり、選択肢を広げるために勉強や鍛錬や習慣化やらも続けたり、時には忍耐を多用することもあった。

だから私には上記の (2) が無いし、(1) にしても「私はたいていの刺激を体験した」「向き不向きや感じ方の違いもわかっている」「つまり色んな刺激に対して経験豊富だ」という自覚があり、それに照らし合わせると、

  • 登山の楽しさはすでに知ってる
  • 登山の楽しさか、容易に想像できるな……
  • 人付き合いもおおよそ要点はわかっているつもり

などと判断が下ることになる。安易に達観してしまいやる気が半減する とでも言えようか。

これがただの頭でっかちなら良いんだけど、自分の価値観と照らし合わせてきた体験が重たい分、結構当たるからまた厄介なのである。

で、アラサーぼっちとの関係は?

ここで冒頭に戻る。

「アラサーぼっちの私には無理だ」と書いたけど、これは「アラサーになるまでぼっちとして、自立的行動派として過ごしてきた私には無理だ」という意味である。

なんとなく行ってみたら楽しめるかもしれない?なんだかんだ楽しくなってくる?何言ってんだ、私はそんなにゆるくもなければ柔軟でもないんだよ。

自分勝手に、自分本位に、自分に正直に、時には心を鬼にしてあれこれ奮闘してきたんだ、経験豊富なんだ。だからこそわかる、そんな簡単には行かないだろう、時間と労力を無駄にするだけだろう――費用対効果が薄いだろう、と。

もちろん 100% 当たるわけではない、けれど

そこが人生の良いところでもあるんだけれど。

大体当たるんだよ。当たってきたんだよ。その度に、後悔してきた。もう多数派なんかに踊らされるのはやめて、自分のやりたいことだけやって無難に過ごそうよと決意して――また乱されて、手を出して、同じことを繰り返す。

もううんざりだ。

おわりに

社会人サークル。出会いあるかも。彼女できるかも――

いかにも刺激がありそうな甘言だ。でも、それは罠だ。私がそれを享受できるとは思えない。また後悔してしまう前に、さっさと逃げよ。

でも、100% 当たるわけじゃなくて、そこに賭けたい自分もいて、あー、どうしようかな、社会人サークル、どっか手を出してみようか、とウジウジ悩みつつこのブログを書いているのであります。

こんにちは、損得勘定マンです!