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ぼっち系クズの日常

生涯社内ニートを目指すアラサーぼっちの日記

趣味を仕事にする幸せと不幸

仕事

趣味を仕事にするのは幸せか。それとも不幸か。そんなことをふと考えて、どちらの側面もあるなあと思ったので書いてみる。

幸せ

世の中には「金がもらえなきゃ1秒だってやりたくない」仕事をイヤイヤやってる人だっている。そういう人と比べたら、1日の1/3以上の時間を趣味(が多かれ少なかれ絡んでる活動)に費やせて 、しかもお金までもらえるというのは幸せだと思う。

不幸

仕事のためには、時としてやりたくないことをやる必要性も生じる。たとえばプロの物書きは、書きたくない物語も書かないといけなかったり、自分のこだわりよりも売れる書き方を踏襲しなければならなかったりする。

これはとても辛いことだ。 仕事として通用するほど高度な世界にいるだけに、自分のこだわりや得手・不得手もはっきりしている。これらは 価値観や宗教のレベルで深く浸透している

で、やりたくないこととは、言わばこのこだわりを捨てたり、不得手なことに手を出したりするということなのだから、そりゃもう苦しい。

この苦しみは、分かる人にしか分からない。ピンと来ない人は、「仕事で人を傷つけなきゃいけない」などと想像すればわかりやすい。人を故意に傷つけることは、多くの人にとって到底受け付けられない価値観であるが、上述の苦しさもこれと似たようなものである。ただ、「価値観」にあたる根底が違うというだけで。

私はどうか

私も趣味を仕事にした人間の一人であるが、果たして幸せか、それとも不幸か。

昔は不幸が強かった。 もっと伸び伸びと自由に働きたいのに、会社側ががっつり規則やルールや企業体質や価値観で縛ってきて動けない。そもそも既に会社が抱えてるくだらない仕事の手伝いばかりやらされている。やりたくないし、こなす能力もない(向いてない)し、趣味の延長線とは言えないほどかけ離れてもいた。退職したくなるほど、毎日が辛かった。

だから私は抗い、社内ニートを目指すようにした。業務中に自分のやりたいことで遊ぶ(=自分が好きそうな改善やら提案やら勉強やらをする)ことがある程度できるようになり、幸せを感じることが多くなった。 今はある程度は幸せだ

でも、まだまだ。今の悩みは、今の立場が安定してなくていつ不幸側に引き戻されるかわからないことと、あとは一人だけだと(誰にも認めてもらえず)承認されないから満たされないってことかな。

おわりに

好きな趣味で人生の大半を過ごせる幸せ。好きな趣味の中でも「嫌いなこと」をしなければならないという不幸――趣味を仕事を趣味にしたら、どちらにも出会うことになる。

なら、幸せかどうかは、どちらをどれだけ追い求めるか(あるいは避けるか)次第だろう。

無論、努力だけではどうにもならないこともあるだろうけど、私は、本心から「そこそこ幸せ」と妥協できる程度には幸せを求め、不幸を避ける努力をしたいと思う。