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ぼっち系クズの日常

生涯社内ニートを目指すアラサーぼっちの日記

フリーライダー(給料泥棒)に、俺はなる!

仕事 社内ニートを目指す

会社に在籍して給料をいただきながらも働かない。そんならくちんな生活に私は憧れている。

クビになりますよ?

でも世の中はそんなに甘くない。

就業規則には「就業意欲に欠ける者は最悪クビにするよ」みたいな規則があるので、「私フリーライダーを目指してるんです」などと公言することは死を意味する。

就業意欲は示さねばならない。

案1 能力が無い → ハブられる → フリーライド、でいけんじゃね?

残念でした、詰めが甘い。

就業規則には「著しく能力に欠ける者は最悪クビにするよ」みたいな規則があるので、出来損ないも度が過ぎると死に至る。

ほどほどの出来損ないでなくてはならない。

案2 障害があると公的に認めてもらえばいいんじゃない?

残念でした、現実は甘くない。

障がい者として優遇してもらえるのは「歩けなくて車椅子です」とか「全盲です」などの、重たいハンディキャップを抱えたレベルである。

じゃあ「(過労やパワハラなど仕事がきつくて)精神的に壊れちゃいました」路線はどうか、という話になるが、この程度では大して優遇されない。せいぜい目先の休暇や休職を勝ち取りやすくなるだけだ。

じゃあどうすれば?

クビにならない程度にハブられる 。これしかない。

まずフリーライドするためには自分の仕事をゼロにしなきゃいけない。が、当然「仕事振らないでください」は通用しないので、代わりに「こいつに仕事振っちゃダメだ」と思われるようにする。そうなるように振る舞う。

自分からハブられるのではなく、周囲からハブってもらうのだ(言葉おかしいけどニュアンスを重視してあえて使った)。

もちろんやりすぎはダメ。上述したように最悪クビになってしまうし、そうでなくとも別の部署(環境がより劣悪になることが多い)に飛ばされてしまう。

やりすぎはダメ、足りなさすぎも仕事振られちゃうからダメ……このバランスが難しいところである。

案3: 極端に弱みと強みをアピールする

そこで現実的な案が、

  • みんながやってる仕事はできません(極端な弱み)
  • でも他のことで特技や長所があります(極端な強み)

とアピールした上で、「じゃあお前の得意分野を生かした仕事を授けてやろう」という方向に導く事である。

「フリーライドじゃねえじゃん」と疑問に思うかもしれないが、これでいい。

そもそもなぜフリーライドを目指すのだろう。大事なのはフリーライドすることなのか。

違う。大事なのは 仕事というイヤなことを回避する ことだ。

逆を言えば、自分にとってイヤじゃない仕事であれば、それはそれで良いのである(もっとも物量が多くて残業とか責任重くてプレッシャーなど回避対象は他にもあるが)。

ここまで言えば、鋭い人なら勘づくだろう。

つまり イヤじゃない(むしろ好きな)こと = 自分の得意分野 にしちゃばいいのである。「得意なことならできます!(実際は好きなことだけどね)」とアピールすればいいのである。

……もちろん、これも簡単ではない。少なくとも周囲や上司に「お前の得意分野はそれだな」と思わせる程度の能力(やアピール)が必要だし、そもそも「仕事自体がイヤなんだよう」という怠け者には使えない。

現状のわたし

私は今のところ案3で過ごしている。ここ数年は概ね定時帰りを達成できていて良好と言える。

しかしこの先も続くとは思っていない。というのも、成果が出ていないのである。

  • 上司「~~が得意なのか。じゃあやってみろ」
  • 私『わかりました』
  • (時が経って)
  • 上司「成果出てないじゃねえか!」
  • 私『すいません、~~(言い訳する)』
  • 上司「……」

という流れを繰り返しており、こいつは新しい仕事では成果を出せない とみなされつつある。

そりゃそうだ。皆がやってない、新しいことで成果を出すことは、皆がやってることで成果を出すよりもムズイ。一般論だけどね。

これができないとなると、残りは「じゃあ既存の仕事のどこかで役立ってもらいましょうかね」という方向性での調整しかない。私も今は、あるプロジェクトに組み込まれてお手伝いをやらされている。QCD が要求される辛いお仕事だ。

まだ諦めちゃいない。何事にも例外はある。私が、私の得意分野で過ごせる余地も、きっとあるはず。

おわりに

私は無能で、その癖ナマケモノだ。到底会社員として生きていける人間ではない。

しかし、私が生きていける快適な手段が、おそらくここにしかないことも薄々わかっている。

私は粘るぞ。そのためならぼっちとなろう、クズにもなろう。