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ぼっち系クズの日常

社内ニートでゆるゆる生きたいと願うパラサイトシングルアラサーぼっちの雑記

ぼっちの弊害 待ち時間が苦痛

ぼっち

ぼっちは自分のペースで生きており、自分にとって無駄の無いプロセスを日々遂行している。

「プロセスなんて高尚なこと考えてねえよ」と言うかもしれないけど、それは単に気付いていないだけで、無意識のうちに多数のプロセスをつくり、実践しているはずだ。

たとえば歩き。

ぼっちは一緒に話す友達がいないので、だらだら歩く必要がない。むしろ歩きなんてただの移動時間なので、早いに越したことはない。というわけで、人より歩くのが早い。だからたまに人と一緒に歩く機会があると、あまりの遅さにイラッとしてしまう。

このように 自分のペースに慣れすぎていて、かつそこを乱される(特に普段より遅くなる) と、イライラが生じる。だからといって「お前ら早くしろよ」と理不尽に文句を言うわけにもいかない。結果、ガマンすることになる。ガマン、ガマンガマン……苦痛。

こんな辛い思いをするくらいならぼっちでいいじゃん、とぼっち化が加速する。いわゆるぼっちスパイラルの一種である。

苦痛なだけなら大したことはない。けれど、イライラを他人にぶつけてしまったら大問題だ。「そんなバカなことしない?」 それはぼっちじゃないから言える。自分のペースに慣れすぎて、そこが損なわれた時に怒りは、腸(はらわた)が煮えくり返ると表現するほどのパワーを持つこともあるのだ。

私は、前を並んで歩くノロマな通行人に対して「轢いてやろうか!?」と、危うく実行しそうになったことがある。そうでなくとも、音ゲーの順番待ちで仲間とワイワイやってノロイ人達にはよく注意をする。待ってる人がいるんだぞ、と。過剰でウザイおじさんだとはわかっているが、イラつくのだから仕方ない。決して他人事ではないのである。

これを回避するためにはガス抜きが必要だ。自分のペースが全てではないという事実を、日常生活のどこかで自分自身に教え込む。たとえば私は、あえて駅構内やショッピングセンター内や繁華街を散歩する時間を設けることで鍛えている。