ぼっち系クズの日常

社内ニートでゆるゆる生きたいと願うパラサイトシングルアラサーぼっちの雑記

私がぼっちを選ぶ理由

理由1 費用対効果に合わないから

人生は山谷ありというが、対人関係はまさに山谷の典型だ。最高にイイこともあるが、最低にイヤなこともある。

理想は山だけ味わうことだが、そうもいかない。特に要領が悪いと山を登ることすら叶わず、谷底に滑り落ちるばかり。

私もそうだった。彼女はできず、友達もほとんどできず。できたとしても、自分をさらけ出すにつれて離れていった。こんなに自分を抑えなきゃいけないのか、神経張りつめて気を遣わなきゃいけないのかと辟易した。うんざりだった。友達レベルの関係ですらこの苦労……。その割には「別になくてもいいか」程度の価値。

つまり費用対効果に合わないのだ。

理由2 山谷な人生より平坦な人生が良いから

私は苦労してでもイイことをしたい!というよりは イヤなことさえなければイイことがなくてもいい タイプである。

積極ではなく消極、理想よりも現実、奮闘よりも妥協。そんなのんびりマイペースな人生がイイ。というか、イヤなことをするのがイヤだ。

前述したように、対人関係は山谷人生の典型例だ。私には合わない。だから逃げて、ぼっちになった。

もちろん、ぼっちである以上は、対人関係から得られる便宜、楽しみやメリットも得られないが、それでも構わない。イヤなことを味わうよりはずっとマシだ。

理由3 自分のペースで生きたいから

私は神経質で、自分本位で、自分勝手で、その上頑固である。早い話、自分のペースで生きたい。

ちょっとでも違いがあれば不快になる。家族に対しても部屋が汚かったり、衛生管理が甘かったり、テレビ音量や喋り声が大きいのが許せない。かといって押し付ける傲慢さもなければ、スマートに言い聞かせる器用さもない。そもそも他人を変えるために行動するのも面倒くさい。なんでそんなことしなきゃいけない?

一方で、人は皆違って当然である。ぶつかるのは当たり前。大事なのは対話し、尊重し、協調しながら生きていくこと。社会はそうやって成り立っている。

でも私はそういうのがイヤなんだ。自分のペースで生きたい。振り回さないでくれ。

振り回されないためにはどうしたらいいんだろう?周囲を黙らせるほどの圧倒的な力は、無い。

なら、ぼっちになるしかない。なるべく関わらないように、一人で生きるのだ。

余談: 本当の理由

一言でいえば「面倒くさいだけ」だと思う。

私は不器用なくせに頑固な人間で、元々孤立し、浮いちゃうタイプだった。それでも根は真面目だから、皆に馴染もうと努力していた。空回り。空回り。苦しい日々。

苦しかったから、私は諦めた。向き合うのをやめ、放棄することにした。

無論、ぼっちの世界は甘くない。人は一人では生きていけない。そんなこと誰でもわかってる。だからこそぼっちは悪とされ、少数派なのだ。でも、今までの生き方が、対人関係を前提とする多数派の生き方がダメならば、もうそこで生きるしかないじゃないか。

というわけで。惰性というか妥協の産物として、今の私がいます。どこまで続くかわかりませんが、のんびりマイペースに生きていければなあと思ってます。