ぼっち系クズの日常

社内ニートでゆるゆる生きたいと願うパラサイトシングルアラサーぼっちの雑記

ぼっちとは何か

ぼっちの意味は人それぞれ

ぼっちは「ひとりぼっち」の略だが、単に一人でいることを示しているわけではない。多くの前提や性質が隠されているはず。

あなたにとって「ぼっち」とは何か。

ぼっちをぼっちたらしめている要素は何か。

ぼっちとぼっちでない者とでは何が違うのか……。

自分が考える「ぼっち」について、一度見直してみると面白そうだ。

というわけで早速書こう。以降では、私の解釈について雑多に書いた。

私の認識

箇条書きで列挙する。

  • 恋人以上の関係がいない
  • 友達(プライベートで遊び(趣味活動ではないお出かけ)に行く関係)がいない
  • ネット上でも友達をつくれない、あるいは作る気や忍耐がない
  • 多少苦労してでも誰かに頼らず自力のみでやろうとする
  • 不可避コミュニケーション(家族や仕事や店頭など)以外で一日に一言も喋らない日がある。あるいは簡単につくれる
  • 訊かれたら答えられるが、自分から訊くことはできない(何を話せばいいかがわからない)
  • 笑顔を作るのが下手、あるいは不自然で違和感がある。また笑顔を作り続けるとすぐに疲れる
  • 人と関わる仕事をやらせてもらえない、あるいは間に仲介役が入ってくる
  • 他人から嫌われても「ま、いっか」程度で済ませられる
  • 自分の格好や言動がおかしく、ひかれている自覚もあるが、直すのが面倒なので直さない

ニュアンスはにじみ出ているかと思う。キーワードで挙げるなら「欠如」「意固地」「放棄」といったところか。

ぼっちは状態ではない

一時的にひとりになることはぼっちとは呼ばない。それはただ「一人でいる」というだけだ。

ぼっちとは属性である

たとえ集団で行動していようと、ぼっちはぼっちだ。ぼっちにはぼっちという属性がある限り、どこで何をしていようとぼっちなのである。

逆に、リア充が一人になったところで、それはぼっちではない。リア充にぼっちという属性がない以上、リア充はぼっちにはなりえない(ただし「ぼっち」の定義がリア充を含むor含む可能性がある場合は別。僕もこのレベルまでは定義しきれない)。

別の言い方をするなら、ぼっちとは独りであることだ。独りという属性を持っていることだ。一人という状態でいることを指すのではない。

ネット上に友達がいるぼっちはぼっちではない

ぼっちは状態ではなく属性だと前述した。

属性である以上、手段が異なっても友達ができることはない。

だからネット上に友達がいるぼっちはぼっちとは認められない。それはただ現実でのコミュニケーションに臆病なだけだ。行動すれば(多少は傷つくかもだが)友達が出来るタイプだ。高校デビューや大学デビューで成功するタイプだ。

私が考えるぼっちは違う。デビューに尽力しても普通にデビューできない、そのレベルがぼっちだ。何らかの欠陥や異常を抱えており、多少努力してもできないのである。

その 欠陥や異常こそがぼっちという属性の根幹 であり、ぼっちを形作るものである。

自己認識のないぼっちはぼっちではない

自分で自分をぼっちと認識できない者はぼっちではない。

たとえば赤子。たとえば知能的精神的に重度な障害を抱えている者。そういった者は、たとえぼっちという属性を備えていても、ぼっちではない。

  • Q: 「なんでぼっちの定義に自我を持ち出すの?」

私が思うに、「自分はぼっちである」と自己認識できないほど重度な者は、誰かの支えがなければ生きていけない。他者に強く依存してしまっている。このような依存はぼっちらしくない。

とはいえ意味は文脈次第

私が「ぼっち」という言葉を使う時、基本的には上述の意味で使っている。

しかしそうでない時もある。皆が考えているような、もうちょっとライトな定義(現実では友達いないがネット上ではいる等)を指しているケースもあるし、また別の定義を指す時もあるだろう。

どのような「ぼっち」を指しているかについては、文脈次第で感じ取ってもらえればと思う。というか、いちいち「ぼっち」を使う度に、前提を説明するのは正直やってられないから、そうするしかないと思う。